地方コミュニティからベンチャーを創出出来ないジレンマ

 

地方発ベンチャー創出プログラムである経洗塾をこれまで運営してきた中で圧倒的に多い質問が以下です。

 

”行政、金融、士業、コミュニティで頑張ってるんですが、なかなかベンチャーを創出出来ません。”

 

”ここまで応援しているのに、ベンチャービジネスを一緒に考えている経営者が実践してくれません!”

 

そもそも上記のような状況は当然で、コミュニティはあくまでベンチャービジネスを創出するためのサポートを提供する役割であり、ベンチャー候補者を強引にベンチャー創出に誘導する力はサポートする側にも無いわけです。ただ、ベンチャー候補者側も一生懸命、サポート側も一生懸命というのが、塾を通じて関わってきた多くの地域で遭遇する光景ですので、まずは地方発のベンチャー創出プログラムを長年運営してきた経験から、その理由を”経営者と周囲のギャップ”という内容でまとめてみました。

 

  1. 経営者と既存経営パートナーのギャップ
  2. 経営者と社員のギャップ
  3. 経営者と家族のギャップ

 

 

1.経営者と既存経営パートナーのギャップ

 

まず、大前提として理解したいのは一部の大都市圏を除いて、ほぼ全国的にベンチャー創出と言えば”ベンチャー経営者の育成”となっているところがベンチャーが創出出来ない理由の盲点だという事です。

 

何故盲点かというと、地方におけるベンチャーシーンを担う主人公は

 

”創業期からベンチャーを志す若者”

 

という理想像ではなく、その多くは受託で何年も苦労してきた企業経営者、大手からスピンオフして起業したい中堅社員、事業承継のプロセスで会社をベンチャー化したい次世代経営者、既存事業の枠を超えてベンチャーデビューしたい既存事業に”飽きた”創業者、がそのほとんどだからです。

 

そういった方々にとって、各地域で展開されるベンチャー育成プログラムは感情を処理してくれる、ベンチャービジネスを創出した気にしてくれる、周囲が一生懸命応援してくれる”心地の良い”空間です。

 

ただ、残念ながらそういった経営者がその事業を持ち帰り最初に遭遇するのが、

 

・既存株主からの反発

・既存役員からの反発

 

勿論、これまでのプログラム運営の中で、”既存株主や経営パートナーから全面的に応援されている”という経営者はいらっしゃいました。恐らく1割に満たないぐらいの比率です。

 

残念ながら、ほとんどの経営者は各地のプログラムで時間を掛けて創り上げた事業プランに実際に取り組むことなく、泣く泣くゴミ箱に捨てています。

 

当然です。既存の経営パートナーは既存事業で生計を立てています。既存事業に寄り添うことで、評価を上げてきました。既存事業から完全に離れたベンチャー事業を展開する判断を勝手に経営者の独断でされても困る訳です。(ちなみに、この状況は日本だけでなく、東南アジアでも顕著に発生する現場に出くわしたので、ユニバーサルな傾向なんでしょうね。)

 

この第一の関門突破の対策ですが、”ファイナンスプラン”と”資本政策”を丁寧に作り上げる事です。昨今、リーンスタートアップやプロダクトアウト的なベンチャー創出論が活発に展開されていますが、これが機能するケースのほとんどが”創業からベンチャーを志す若者”の場合です。経営者や周囲のサポーターはそもそもの前提条件が異なり、且つ第一の関門が存在することを認識し、尊重し、事業転換に賛同してもらえる丁寧な資料に取り組む覚悟を持ってもらう必要があります。

 

 

2.経営者と社員のギャップ

 

ベンチャービジネス創出に向けて、既存経営パートナーの理解を得た次のハードルが”社員とのギャップ”です。

 

これまで一生懸命やってきた経営者であるほど、社員への愛情は深いはずです。

 

・これまで一緒に苦労してきた社員と共にベンチャービジネスを創出したい!

・社員を幸せにするために、市況も踏まえ、ベンチャービジネスに事業転換したい!

IPOを目指すことは、これまでの社員の苦労に応えるため!

 

残念ながら、社員はそんなに簡単には理解してくれません。その理由は既存経営パートナーとほぼ同じ背景です。既存事業を通じて社内評価を積み上げてきた、既存事業を通じて対外的なコミュニティーへの存在価値を創ってきた、既存事業を通じて家族を養ってきた社員にとって、既存組織外に視野を広げることは会社の否定に繋がり、経営者の否定に繋がり、強いては家族への反旗に繋がる。それが現実的な社員の思考回路です。

 

しかも、そういった既存事業に対する熱量が高い社員ほど組織のベンチャー化プロセスには最も重要なメンバーである場合がほとんどです。ここでも事業プランがゴミ箱行きです。

 

このプロセスは多くの人間が複雑に入り混じっている場合がほとんどなので、まずは参考に出来る書籍をご紹介します。

 

f:id:Keisen-Institute:20190516104133j:image

「スタートアップで働くということ」 

著者:ジェフリー・バスギャング

訳: 田中保成

 

こちらは、ベンチャー企業で働きたい社員向け、ベンチャー企業で働くことを理解したい社員向け、の数少ない書籍です。

 

 

f:id:Keisen-Institute:20190516104138j:image

THE TEAM ザ・チーム 5つの法則

著者: 麻野耕司

 

新刊ですが、真新しいベンチャー論というよりは、既存組織を如何にしてベンチャー的思考に転換するか、如何に既存社員にベンチャーマインドを理解してもらうかが丁寧に説明されています。

 

既存経営パートナーとは異なり、経営論やファイナンスプランだけでは動いてくれないのが社員だと思います。また、社員一人ひとりの特性や家族背景を組織横断的に理解している唯一の存在が経営者だったりします。スパッと別会社化して、別人材を通じてベンチャービジネスを志すのも一つの手だとは思いますが、まずは上記参考書籍や地域の社員育成系のプログラムへの参加を社員に促して、一歩一歩社内理解を深めていく以外の近道は無いかなというのが経験上の結論です。

 

最終的にはベンチャービジネスに舵を切ることにより既存社員が離れてしまう覚悟を持つことです。

 

ベンチャーコミュニティのサポーター側は、既存の所属組織から退職しない限りベンチャー候補者達の会社運営や社員説得に深く踏み込める訳ではないので、まずは社員達をベンチャーコミュニティに招待して、候補者達が志していることを社員に理解してもらえる環境づくりやそれに繋がるプログラム作りに協力することぐらいかなと思います。

 

 

3.経営者と家族のギャップ

 

実はこれが一番大きな課題かもしれないです。第3のゴミ箱行きプロセスです。数々の失敗を私自身も重ねてきたので色んな説明を重ねることは控えておきますが、参考までにうまく機能した事例を箇条書きにしておきます。

 

・家族の資産プランに検討中のベンチャービジネスの資本政策を組み込む

・調達タイミングまでスケールを目指さない(過度の不安を家族に与えない)

・既存事業とベンチャー事業を切り離す(1,2の説明を相反する部分もあるかもしれないですが。)

・家族デーを必ず設定する(一旦スタートすると事業に忙殺されるので)

・近親と出来るだけ近い場所に引っ越す(ストレスの吐き出し口を作ってあげる)

 

サポーター側は、もはやこのギャップに対して口出せる内容は皆無です。家族の状況を出来るだけ理解する包容力を持ち、温かく見守りましょう。

 

 

ここまで書かせて頂くと、経洗塾が新たにスタートするサービスが如何に重要だと考えているかがお分かり頂けると思います。ベンチャービジネス担当社員・スタートアップ社員向け育成プログラムとしての「経洗塾FLYプログラム」ですが、上記1と2のベンチャービジネスに取り組めない環境改善を目的としています。卵からヒナになり、ヒナから成鳥になり、空高く飛び立つ、そんなプロセスを全方位でサポートする当塾の基本理念に基づき、経営者が塾に参加する次の段階で起こる課題解決に一緒に取り組みたいという想いからこのサービスに辿り着きました。サービス詳細です→https://www.ksj-vp.com/fly.html

 

Future lies in yourself.

 

サポート側の”ギャップ”に対する理解、経営者側の”ギャップ”に対する事前理解と準備が揃って初めて、地方発のベンチャー創出がストレスレスな活動になると思いますし、地方発ベンチャーの創出確度向上に繋がるはずです。